涙とともにパンを食べた経験がなければ、人生の本当の味わいはわからない。

あの芸術家も、ミュージシャンも、
インフルエンサーも、
メーカーの人も、ショップの人も、
アウトドアのすごい人も、
スポーツのすごい人も、
すごいけど意外と普通だ。

なんなら、
何かに突出している分、
他のところでポンコツな人も多い。

ぼくらと同じように不安を抱え、悩み、失敗もする。

ぼくはすごい人達のダメエピソードを聞き出すのが大好物で
すごい人達のダメさ加減を聞くと、ホッとするし、ニヤニヤする。

一方でダメエピソードを披露する本人たちも
とてもいい顔をしている。
カッコ悪い部分を曝け出し、
ありのままの自分になる心地良さがあるのだろう。

カッコ悪さを曝け出したい時があるのは
すごい人達だけじゃない。
凡人、一般人だって同様だ。

僕の周りにはなぜか
大人になってからウンコを漏らしたことのある人、
そのエピソードを嬉々として話す人が多い。
(僭越ながら僕もそのひとりだ)

人生における最大級の難局を乗り越えた彼らには
共通の独特な慈悲深さがある。
「そういうこともあるよね」と
他者の失敗を受け止め、優しく包み込んでくれる。

ゲーテはこう言った。
「涙とともにパンを食べた経験がなければ、
人生の本当の味わいはわからない。」

僕ならこう言う。
「涙とともにパンツを処分した経験がなければ、
人生の本当の味わいはわからない。」

そういう人に、わたしはなりたい。

釧路川バイクラフティング DAY1

前記事「釧路川バイクラフティングDAY0」からの続き

釧路川は源流・中流・湿原の
3セクション

釧路川は屈斜路湖から流れ出している。全長は約100km。大きく3つのセクションに分けられる。

1つ目は源流域。森林セクション。透き通った水。川幅は狭く、両脇からは良く茂った木が張り出している。さながら緑のトンネルだ。とはいえ細かいS字カーブが続き水上水中に倒木が多いため気が抜けない。

2つめは中流域。市街地セクション。弟子屈町と標茶町の市街地周辺域。護岸ブロックなど人工構造物が多い。自然味が少ない上に危険個所も多い。

3つ目は湿原域。天然記念物セクション。川幅は広く流れは緩やか。周辺に高い樹木は少なくなりアシ原が広がる。野生動物に最も多く出会える稀有な環境に感動を禁じ得ない。

このような3つの流域をパックラフトと自転車を用いて楽しみ、スタート地点である屈斜路湖まで自転車でキャンプをしながら戻る。それが今回のバイクラフティング旅だ。

国内で味わえる身近な冒険。このブログがきっかけで「やってみた」という人が現れると嬉しいです。

DAY1は移動日。
札幌から釧路を経て屈斜路湖へ

札幌を出発しスタート地点である屈斜路湖の和琴半島を目指す。釧路市街で食料を調達し、川下りのゴール地点に設定した岩保木水門を確認した後に屈斜路湖に向かうことにした。

札幌→岩保木水門→屈斜路湖の移動距離は390km。Googleマップによると5時間45分。移動に1日を要するのは止む無し。

道外勢ならば、空路で釧路空港に入り屈斜路湖まで自転車移動をした後に川旅スタート。川旅ゴール後は自転車で釧路市街まで移動して1泊。身支度を整えてから空路で帰路につくという動きが良いのではないだろうか。

ゴール地点の岩保木水門。ちなみに読み方は「いわぼっきすいもん」。下ネタはやめて欲しい。

多くのカヌーツアーのゴールになっているようで、ちょうど数艇のカヌーが入ってきた。お客さんは一様に満足げな顔をしている。

ガイドたちは対照的だ。坦々と片付けを始めカヌーを車に積み込んでいく。彼らにとっては日常であり生業なのだ。

弟子屈ラーメンの弟子屈総本店で食事。札幌市内にも数店舗あるけれど食べたことがなかった。ご当地物は率先して楽しみたい。

やっとスタート地点の屈斜路湖和琴半島に着いた。空気がひんやりとしている。星が綺麗。

ロングドライブで凝り固まった体をほぐすべく野湯「和琴露天風呂」に入る。

湖側から丸見えなのは風情としてカウントできるが、背後の散策路から丸見えなのはやや照れる。

人がいたらやめようと思っていたけれど遅い時間だったので貸し切り。スッポンポンになって飛び込んだ。満点の星空。解放感が凄い。

ブランケットを羽織り、公共駐車場のベンチに酒とツマミを並べてひとり宴会を始めた。

翌日から始まる釧路川ダウンリバーに想いを巡らせる。野田さんの本を読んで以来長年の憧れだった釧路川についに来たのだ。

正直、不安はある。

釧路川を漕ぐのは初めて。重たい自転車と荷物を積んだ状態で障害物を交わし瀬を越えていけるのだろうか。しかも単独だ。正直不安はある。けれどやらずにはいられない。

この旅を終えたら「やっときゃ人生100点満点」リストにひとつチェックを入れられる。人生最後の日、高らかに笑って死ぬためにはこの冒険が必要だ。

長くなったのでDAY2編に続くことにしよう。
野田知佑さんの『日本の川を旅する カヌー単独行』から大好きな一節を引用して終わりにする。

川旅は「男の世界」である。

自分の腕を信頼して
毎日何度か危険を冒し
少々シンドクて、孤独で、
いつも野の風と光の中で生き、
絶えず少年のように胸をときめかせ、
海賊のように自由で……

つまり、ここには男の望むものがすべてある。

共感できることが増えると人に優しくなれる

ママチャリで頑張って坂を登っている人を応援せずにはいられなくなった。風に向かいながら必死に漕ぐ人も同様だ。歩くような速度でランニングしているおじいちゃんをカッコいいと思うようになった。タオルを首に巻いてウォーキングする女性を心の中で鼓舞するようになった。

自転車に乗らないと分からなかった。
ランニングを始めないと分からなかった。

新しいことを始めたら人に優しくなれた気がする。共感できることが増えると人に優しくなれるらしい。

47歳。人生後半戦。新しいことを始めて常に初心者でいる生き方ってなんか良いんじゃないかと思えてきた。

まさか自分がトレランレースに出て34kmも走るなんて夢にも思わなかった。部活のランニングが死ぬほど嫌いだった中学生の自分が知ったらさぞ驚くことだろう。でもきっと「おっさんになったオレ凄いじゃん!」って称えてくれると思う。

10代、20代、30代のかつての自分にとって身近に居たら嬉しかった人になりたい。その人は聞く耳を持っていて、新しいことを面白がり、背中を押してくれる。自分の尺度でしかものを語れない頭の硬いオッサンではない。

なんの話だっけ。

そう。共感できることが増えると人に優しくなれるらしい。ずっと変わらないものなんてないのだから、自ら進んで変わっていきたい。