時が流れてゆく

「今年は涼しいね。」なんて言っていたら急に本気を出し始めた北海道の夏将軍。楽しい出来事が沢山あってスマホの写真ライブラリは溢れているのに、SNSでお披露目する間もなく次の楽しい出来事がやって来る。

過去イチ級の思い出が新たな過去イチ級に追いやられて写真ライブラリの奥の方に流されてゆく。過去イチのインフレ。過去イチの大渋滞。

「こんな夏をあと何回過ごせるんだろう?」なんて気持ちが湧き上がってくるのは年齢のせいなのか。或いは楽し過ぎる今を失うのが怖いせいか。

幸い、辺りを見渡すと自分よりも100倍元気な先輩たちが溢れている。加齢への憂いは一旦横に除けておこう。この焦燥感にも似た気持ちはきっと、楽し過ぎるせいだ。そう夏のせいさ。

「人生は短い」。ほらまた、こんな言葉が頭に浮かぶ。

少し駆け足になってもいいのかも。

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過去イチが大量発生しちゃってるのは
幸せのハードルが下がっているせい。いいこと。

いや、泣いてないから

ぼくはドライアイだ。季節や環境を問わず一年中目が乾いている。目が乾くと開けていることが辛くなるので目を閉じる。おそらく一般的な人よりも4〜5倍くらいの頻度で目を瞬いている。乾燥が酷いせいか、いわゆる普通の瞬きでは目の潤い補給が間に合わない。時間にして2〜3秒だろうか。長く強く、ぎゅ〜っと瞼を閉じるのだ。それはもう頻繁に。

そしてぼくは鼻が悪い。年中鼻をすすっている。鼻のコンディションは「詰まっている」or「ダダ漏れ」の二択しかない。息苦しいから鼻をすする。もしくは、垂れてくるから鼻をすする。つまり常に鼻をすすっている。

昨日息子の高校の卒業式に出席した。体育館の前方には卒業生、後方には保護者が座っている。厳かな雰囲気の中で卒業証書の授与が始まった。静かな体育館に卒業生の名前が連連と読み上げられていく。

保護者たちの様子は様々だ。スマホで我が子を撮影する者、配布された冊子に目を通す者、

そして、泣く者。

目元をハンカチで押さえ、鼻をすする人の姿がちらほら。我が子が産まれてからの18年間や飛ぶように過ぎ去った高校3年間に想いを巡らせているのだろうか。子供の高校卒業は親にとっては大きな節目だ。分かる。分かるよ。

でもまあ…
泣く程ではないかな。
ぼくはね。

ところでこの目と鼻はというと、時と場所を選ばず、公平に、平等に、今日も今日とて絶不調だ。目が乾く。瞼をギューっと閉じる。本日の鼻は詰まりモード。鼻孔のわずかな隙間から空気を取り入れるべく、音を立てて強めにすする。

そう。
傍目には泣いているように見えるだろう。

こういうのは一度意識してしまうと輪をかけて酷くなる。例えば長距離バスに乗る前に「ウンチしたくなったらどうしよう?」と思ったらそうなってしまうのと同じ。思考は現実化する。いつも以上に目は乾き、鼻をすすりたい衝動はボルテージを上げていく。

目を閉じ、鼻をすする。
目を閉じ、鼻をすする。
いや、泣いてないから…‼︎

これほんと、困るんだよなあ。映画館での感動のシーンとか、誰かのエモーショナルなスピーチ中とか。ほんと泣いてないのに。いや泣いたって良いんだけどさ、それならもっと他に泣きたい時が山ほどあるよ。このしょうもない毎日はさ。

新成人の君たちへ

新成人の皆さん、おめでとう。
大人の仲間入りですね。

ところで大人って何だろうか。
ぼくには18歳の息子がいますが
ぼくよりもずっと人間的に立派です。
47歳のぼくが大人ヅラしていられるのは
生きてきた時間が長く、経験が多いおかげ。
それだけのように感じます。

さて。
皆さんはもう大人の仲間なので、
白状したいと思います。

大人だって不安です。
大人だって悩みます。
大人だって分からないことだらけです。
大人だって弱いです。
大人だって逃げてばかりです。
大人だって怖いです。
大人になってもダメなところはダメなままだし、
大人だって褒められると喜びます。

いつまでたっても大人になれた気がしない。
いつになったら大人になれるんだろう。

あ、ひとつだけ大人になって良かったことを
思い付きました。

それは、大人の許可を得ることなく
なりたい自分になれることです。
やりたいことを出来ることです。

大人になったあなたを止めるものは何もない。
大人だけに許された責任と行動力で
あなたなりの最高の人生を描いてください。

ちなみに。
何かに挑戦した時、
上手くいく事の方が少なくて
失敗するのが当たり前だからね!

再び立ち上がって前を見た時には、
よりカッコいい自分になっているから無駄じゃないよ。
カッコいい大人は皆、挑戦と失敗を経験した人達だ。
(大人っぽいこと言えたんじゃない?)

仲間が増えて嬉しいです。
見守ってるし、頼りにしてるよ。
成人おめでとう。