ぼくはドライアイだ。季節や環境を問わず一年中目が乾いている。目が乾くと開けていることが辛くなるので目を閉じる。おそらく一般的な人よりも4〜5倍くらいの頻度で目を瞬いている。乾燥が酷いせいか、いわゆる普通の瞬きでは目の潤い補給が間に合わない。時間にして2〜3秒だろうか。長く強く、ぎゅ〜っと瞼を閉じるのだ。それはもう頻繁に。
そしてぼくは鼻が悪い。年中鼻をすすっている。鼻のコンディションは「詰まっている」or「ダダ漏れ」の二択しかない。息苦しいから鼻をすする。もしくは、垂れてくるから鼻をすする。つまり常に鼻をすすっている。
昨日息子の高校の卒業式に出席した。体育館の前方には卒業生、後方には保護者が座っている。厳かな雰囲気の中で卒業証書の授与が始まった。静かな体育館に卒業生の名前が連連と読み上げられていく。
保護者たちの様子は様々だ。スマホで我が子を撮影する者、配布された冊子に目を通す者、
そして、泣く者。
目元をハンカチで押さえ、鼻をすする人の姿がちらほら。我が子が産まれてからの18年間や飛ぶように過ぎ去った高校3年間に想いを巡らせているのだろうか。子供の高校卒業は親にとっては大きな節目だ。分かる。分かるよ。
でもまあ…
泣く程ではないかな。
ぼくはね。
ところでこの目と鼻はというと、時と場所を選ばず、公平に、平等に、今日も今日とて絶不調だ。目が乾く。瞼をギューっと閉じる。本日の鼻は詰まりモード。鼻孔のわずかな隙間から空気を取り入れるべく、音を立てて強めにすする。
そう。
傍目には泣いているように見えるだろう。
こういうのは一度意識してしまうと輪をかけて酷くなる。例えば長距離バスに乗る前に「ウンチしたくなったらどうしよう?」と思ったらそうなってしまうのと同じ。思考は現実化する。いつも以上に目は乾き、鼻をすすりたい衝動はボルテージを上げていく。
目を閉じ、鼻をすする。
目を閉じ、鼻をすする。
いや、泣いてないから…‼︎
これほんと、困るんだよなあ。映画館での感動のシーンとか、誰かのエモーショナルなスピーチ中とか。ほんと泣いてないのに。いや泣いたって良いんだけどさ、それならもっと他に泣きたい時が山ほどあるよ。このしょうもない毎日はさ。
